う~ん、ひねくれるなあ、おれ!

今日は、久方ぶりにお芝居なるものを見に行った。

「水分」と書いて「みくまり」と読む

とても、素敵な場所。

こんなところで、ひとり語りしたいぜ~!という絶好の場所、
ただ、しかし、駅からちょと遠い。

初めて行くので、早めに駅について、
駅員さんに、地図見せて、
「この道の方向やね」
と言われ、まず、そっち方向ね!だけ押さえて、
そばを食う。





で、このままむやみに歩き出してはならじと、
ちょうど、駅前にある交番で、
若いおまわりさんに聞いてみる。
交番の中にある、詳しい地図を指し示し、
「ここで、左に行って、まっすぐ行くと陵西通りという看板が出てくるから、そこを左に行ってくださいね」
「ハイ、左で、左ですね」

と確認し、
歩き出す。

まっすぐ、まっすぐ、

まっすぐ、まっすぐ?

う~ん、ちょと違う気がする。

「すみませ~ん、陵西通りはどこですか」
「ぜんぜん違う方向ですね」

またやってる…
ほんまに、道がわからへん。

尋ねても、尋ねても、
いい加減に聞いてるから、
結局、間違う。

人生と同じね…はぁ。

ま、そんなことはええねん。

芝居や芝居。

一人芝居。
ほとんど、語り。

美術も、照明も、音楽も良し!
素晴らしいと思う。
演出も、いいと思う。

ただ、声と言葉だ。

ここが、納得行かん!

起こっていることがわからない。
もちろん、すんなり分かるようなつくりになっていることは分かる。
その上で、わかるべきことがわからん。
となると、逆転も、移行も、変化も。
わからんのだ。

手法が、手法になってない。

そして、もうひとつ。

アクセントが嫌だ。
とにかく、平板化されすぎていて、
NHKのニュースみたいなアクセント。

あれはいかん。
あれは、ニュースでも腹立つくらい嫌いだ。

標準語をどんどん、日本語で無くして言ってる。

日本語の音の豊かさをどんどん殺している。

アクセントで引っかかってノッキングする感性。

日本語は高低のことばなのだ。
高低があって、リズムと音楽的要素が豊かになる言葉なのだ。

少なくとも、表現者は、もっと敏感であるべきだ。

素直には見られない。
ひねくれてるのかなあ。
耳につくんだもんなあ。

でも、嫌だ。
あの平板の音に毒されるのは。

実は今日「桜の森の満開の下」を稽古してみて、
自分も平板音に毒されているのを実感したので、
よけいに、気になってしまったのかも。

もっと、音を大事にしようよ!
内容がいくらあっても、
身体に届くのは、音なんだよ!

って、自分にも言い聞かす私であった。
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by futu-is-best | 2012-03-10 23:23 | 日記