曽根崎心中…聴いてきました。

まず、最初にびっくりしたのは、

人形の、主使いが黒子姿だったこと!

これは、何?と思った。

ふつう、主使いの方は、袴姿で、顔を見せているのに、
もしや、橋下さんの言ったことで、こうしてるん?

私は、文楽も詳しくないので、
あるいは、曽根崎心中のみの演出なの?

と、戸惑いました。

私自身は、主使いの方の顔を見ながら、
使い手の呼吸を感じるというか、その人の思いを感じながら見るのも
好きだったので、なんか、残念。

確かに、三人とも黒子の分、人形には集中しやすかったかなとは思いますが…


三幕目の、「天神森の段」では、通常のようにお顔を見せての演技でした。

やっぱり、お顔見ながらのほうが、文楽らしくていいように思うなあ。





多方面から楽しめる、
技術者集団の仕事を全部堪能するのが、いいんだよなあ。

あの、手の動き。
あの手の独特lの作りは、本当に大した発見だよね。
あの、指先が曲がること、がどれほど、表現の幅を広げているか!
そして、頭の角度、体の震え、息遣い。

細やかな、細やかな心理描写と、
美しい型、決まりの形。

人間の身体性、精神性を浮き彫りにするシンプルな表現が、
実に深さをもって伝わりますねん。

あとさあ、
義太夫節の声ね。

声の持つ力を知るよね。

微妙な声の色の違いを
昔の人は聞き分けて、感情移入して楽しんだんですよね。

それこそ、大衆の娯楽だったんだよね。

こういう、微妙な音を聞き分ける感性を育てて行くことは、
実は、いじめ問題なんかに早めに対処することにもつながると思う。
人間、声は嘘つけないんですよ。

呼吸は嘘つけない。

呼吸を感じ取ることは、相手の心理、あるいは自分の心理を読んでいくこと。

う~ん。
もっと、日本の古典芸能を見るべきだな!

ヒップホップを必修にするより、
義太夫や、講談や、浪曲や、落語を必修にしたほうがええな!

と、思いは遠くへ飛んでいしまったが…

お客さんも結構な入りで、
まあ、今回話題になったことが、プラスに働いてくれればいいなと思います。

こうやって、実際足を運んでみると、
本当に面白いものだと思うし、
とても、品のある表現は、勉強になる。

橋下さんには、物足りなかったらしいラストは、
それまでの、二人の思いが積み重なっての、
なんとも、品の良い、幕切れで、
かえってグッとる演出だと思いましたわ。

橋下さんは、蜷川さんみたいのが、演出だと思っているんだろうけど、
もっと、地道な、もっと繊細な、部分を演出はになっているのだと思うなあ。

派手に見せる、
アピールする、
驚かす、
斬新、
新解釈、

そんなことは、土台がきちんとできてからのこと。

それだけが演出の仕事では決してないのだ!

と、地味演出しかできない私は強く主張する!

まずは、デッサン。
その後、自分の表現、
そして、前衛、抽象。

問題は本質。
本質を見失っての演出は、悪ふざけになりがち。
一時のこけおどしを演出とは言わないと思うのだ。

芸の、細かいことはわからない私だけれど、
帰りの道中も、体の中に、義太夫節のリズムというか、音色が鳴り続けて
身体の芯が、踊りたがっていた。

こういう体験ができることが、
演劇の醍醐味。
舞台の醍醐味だと思う。

これからも、文楽を見て行こう!と思います。
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by futu-is-best | 2012-07-31 11:52 | 日記