あっという間のナカノシマ大学、しゃべり足らずにビールが進む

はい、ナカノシマ大学終わりました。

90分ですからねえ、
ほんまにあっという間ですよ。

金水先生が、大阪弁の地域差とか、
表現、とくにテレビドラマにおける方言のあつかいの歴史とかお話してくださり、
方言指導というものが入ってきたのは、
高度経済成長がひと段落ついて、
地方の時代「ディスカバージャパン」と謳われだした70年代後半であるなんていうのは、
面白い話だと思いました。





それまでは、ヒーローは標準語なわけで、
竜馬も高知弁じゃなく、書生言葉「~である」「~したまえ」なんていう
漱石の小説に出てくるようなしゃべり方だったんだって。

また、方言にこだわると、
コストがかかる。
実際、私ひとり分のギャラが発生しとるわな。

でもって、あまりにきついと、
わかりにくくて、パフォーマンスが下がる。

役者さんにも負担だし、時間もかかる。

ということで、これらのバランスを考えると、
方言にこだわる利点が見いだせず、
ええい!全員標準語で!とか、
とにかく、都会へ出させて早めに標準語に!
とかいうのが、ドラマ制作現場事情であるというような話とか…

下手に使うと、不評を買う確率もあがるしね。

てなことを鑑みると、
「カーネーション」は、やはり特異な作品だったともいえますね。
「方言ありき!」で始まってるからね。

そこには、その分手間と時間とコストがかかったわけで、
もちろん、バランスはとらねばならず、
そのバランスのとり方を、私はお話したわけですが…

1、主役級の方言はそこそこに。感情と合致して、使える!と思ったところを攻め込んでいく。
2、脇役、エキストラの方言は濃いめに、一言なら余計にこだわる!
3、最優先事項は、ドラマの成立。ゆめゆめ方言の正しさと思うなかれ。

最終結論、「方言指導は執拗なこだわりと、絶妙なあきらめなり」

1なんかは、きんすい先生の御研究にある、「役割語」「ヒーローの法則」に合致するところです。
ドラマの進行に重要なセリフは、わかりにくいと困るので、方言よりは、わかりやすさと、作者の意図を尊重する。
方言は、感情とか、生理とか、育った地域と結びついて、語尾の選択がなされるので、
あまり、語尾に方言を持ってくると、作者の伝えたいことと受け取り手にずれが生じる危険性が出てくるので、
それを避けるということが大事でした。

2は、「役割語」「ヴァーチャル日本語」で、つまり「職業や、生活感覚が言葉でより濃くわかるための方言」を使うということですね。そうすると、その生活地域が、船場ではなく、京都ではなく、神戸でもなく、岸和田であるということが表現できます。だから、リアルなことより、役割として濃いめの方言を使ってもらうということですかね。

3は、時間の制約がある現場。また、俳優さんのやるべきことはとても多いということ。
方言はその一部であるということを忘れないことですね。
やれることには限度がある。
だがしかし、より良き効果のためにはしつこく食い下がることも必要。そして、さっぱりあきらめることが肝要。

ともかく、私はとても志の高い良い現場で仕事をさせてもらって、
通常の方言指導の範囲を超えてたと思います。
自分としては「このドラマの世界を作る一つの重要アイテムを任されているのだ」と思ってましたから。

「おれがやらねば誰がやる」的な前向きな思い込みが得意技なもんで…

こんな風に思って仕事ができたことが、幸運なんでしょう。

そんなこんなで、しょべり足りない夜でしたが、
その分、打ち上げのビールが進み、
しゃべりたい人ばっかりの打ち上げは大盛り上がり。

春野恵子さんも来てくれて、
打ち上げで一緒にお話ができて、
とても楽しかったし、
なにか、春野さんとできることがあるんじゃないかと
そんなことを思ったりして、
いい夜でした。
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by futu-is-best | 2012-08-10 11:39 | 日記