雨にも負けず、雷にも負けず…

ひとり語り「芋虫」終了いたしました。
お越しいただいた皆様、ありがとうございました。

土曜日、予定通り、
梅田三番街の「インディアンカレー」でルー大盛りを食べ、
ぼちぼちと、common cafeに入る。

制作の笠原女史と、二人。
本番までの間に、
客席を作り、照明tの調整をしていく。

今回は、ライトの光を絞りこむために
電球を変えてみることに。

笠原さんが、器具を手に、日本橋へと出かけてくれた。

私は、アップして、
ひとりで、リハ。





といっても、ICレコーダーを前に読むだけだけど…

三時過ぎくらいかなあ、雷なって、雨の音。
しかし、私は読んでる途中なので、外の様子を見ることもできず。

笠原さんが戻ってきたが、まだ途中。

電話が鳴る。

なんだろう?

あと、10分弱、4ページ。

なんと、電話はcommon cafeの山納さん。
大雨で、もし、道端の排水溝が溢れたら、
地下であるところのcommon cafeに水が流れ込む恐れがあります…。

ええええ!そんなああ!

電車も止まってる!
雷落ちてる!
停電してる!

えらいこっちゃ~!

ま、幸い、大事にはならず、お客様も観な無事たどり着いてくれ、
公演一日目は、無事終了しました。

二日目は、いい天気。

昨日のような心配はしないで無事終了。

と思ったら、終了直後に豪雨!
空は明るく晴れているのに、
大雨が!

こちらの長い時間ではなかったので、
しばし、お時間つぶしてもらってなんとかなりました。

「芋虫」を稽古している間、
例のいじめ問題があって、
人間が陥る、深い穴みたいなことを考えていて、
それは「芋虫」の根底に流れるテーマでもあって、

だもんで、公演のあとの皆さんにご挨拶するんだけれど、
なんだか、いじめのこととか、わけのわかんないことしゃべってしまって、
収集つかなくなっちゃったのでした。

「いじめ」という言葉で名づけられる前の、
人間の中に潜む残虐性や、
孤独感という深い深い暗い穴や、
集団の意識という無責任や、

そういう、作品作家との出会いを
もっと子供たちに与えてあげたいなと思うのです。

エンターテイメントもいいけど、
表現物はエンターテイメントだけではないのだよね。

子供のころ、なんで生まれてきたのか?
なぜ生きるのか、どう生きるのか?
人生とは何か?
なんて言おうことを考えながら、
「暗い!」「難しい!」と、避けられるようなことを

「暗くて何が悪いん?」
「難しくて何が悪いん?」
と心の中で呟きながら、
ぐるぐると、考えていたとき、
夏目漱石「こころ」や、太宰治「人間失格」が、
友達だったものです。
暗い小説好きだったなあ。
島尾敏雄の「死の棘」とか、高橋たか子とかやたら暗い世界をのぞいいてた。

その時必要だったんだろうなあ。
でも、その時に考えたことが、私の足元で積み重なって
今、深い穴倉へ落ち込むのを防いでいてくれるように思うのだ。

「何かを象徴するように、ぽっかりと開いた、須永と時子の住まいの窓」
「草に隠れて、口をあけている古井戸の口」
「不自由な自分の重みで落ちていく、底知れぬ闇」

「芋虫」に繰り返し出てくる、「穴」のイメージは、
いつも私達のすぐそばにある、人間の落ちる穴のことだったのだ!

と、今わかったわ!

こういう文章世界に触れておっくことって、
大事じゃないかなあ。
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by futu-is-best | 2012-08-20 17:07 | ひとり語り