生きているという事は、いつも自分最先端なんだなあって思ったよ。

M-PADが終わり、今日、10時に三重を出て、
家に戻ったら、父の部屋に寝て居たナナが、
はたと起き上がり、二階の私の部屋のベッドへ駆けあがる。
待っててくれたのねえ!

ナナと一緒に、まだ午後いっぱい寝ちゃったよ。
んなわけで、元気回復順調。

しかし、今回のM-PADは、長いひとり語りの中でも稀有な体験だったよ。
本音で話すと、10月の東京、大阪のひとり語り公演から、岸和田割烹うおり、このM-PADと新作続き。
これが、また初めてやね。
こんなに初めての作品を連続でやったのが初めて。
なんでできると思ったのかはわからない。
ていうか、できるかどうかで連続新作だったわけじゃない。

どの公演も、今までのお客様を考えると、
新作必須になっちゃたんだよね。
新しい経験をしたくてきてくださるお客様を考えると、
こっちんぽ都合で、怠けてらんないよね。
できるかどうかじゃなくて、やらなきゃなんないのよ。

これがハードだったわあ。

作品が変わると、言葉を作る呼吸の在り方が全然違って、
もう、まともに読むことさえできないわけ。
2作品を同時に稽古していけば、何とかなるんじゃないかと思っていた自分が甘かった。

結局、言葉は身体なのだ。
一作品、ひとつの身体。

稽古は結局、本番終わってから、次を稽古することにしたんだけどっていうか、
そうとしかできなかったんですけど…。
言葉の選択や、語順や、いろいろなものが作家によって違って、
それが体になじむまで本当に時間がかかったー。
ていうか、最後の「空蝉」に関しては、
14日の稽古で、結局、私は外側に作品を作ることはできなくて、
自分の中に取り込むしかないんだと気づき、
(いや、今までも何度も、気づいてた…、なんども同じこと考えてる)
16日、笠原Pに見てもらって、上演時間の縛りを緩めることができて、
冒頭を自分の呼吸に合わせて読むことができて、
ずいぶん、流れの身体への入り方が変わった。
しかし、それに気づいた18日金曜日はすでに「風邪」に取りつかれてたのだよね。
週末は、風邪との闘い。
回復しなければ、月曜日に予定している最後の稽古無しに本番だ。

幸い、最後の稽古もできたし、
14日以来、方向が見つかれば、
音声を聞きなおしながら、イメージを身体に生むことができる。
聴きながら自分の身体にイメージをさせていくことも稽古になる。

結果、風邪が完治したとは言えない身体ではあったけれど、
かつてないほど、暖かな穏やかな気候に恵まれた
本番の日は、Hibikoreさんの空間とお客様とに支えられて、
私の身体は、初めての「空蝉」の通り道を開きました。
やっと開けたのです。

自分でも、方向を見てはいたものの、
最期にどんな形になるかはわからなかったのだけれど、
「ああ、こうなるんだ」と分かった感じ。
不思議な経験でした。

お客様からは、本当に温かいありがたい言葉をいっぱいいただきました。

「一生のうちで初めての経験をしました。一生忘れません」と言われたのは、
自分でも、衝撃のお言葉でした。
私にも人生初めての経験ですよ。
生ものと生ものが出会うということは、新しい自分に出会う事ですね。

生きているという事は、いつも自分最先端なんだなあって思ったよ。


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by futu-is-best | 2016-11-23 22:32