カテゴリ:表現すること( 25 )

いろいろ気づいたこと。

戦ったああ。
いろんなものと、戦った。

iaku 「walk in closet」…。

自分の身体、自分の心、自分の頭、自分の経験。
すべてと戦ったああ。

封じ込んだああ。
今までの自分の演技癖。

でも、これが、私の目指してきた俳優の仕事だったんだと思う。
他者を生きる。
その日その時その瞬間。
いつも新しく、今を生きる。他者として。

ありえないことだけれど、
俳優としては目指すべきことだと思ってきた。
そのためにレッスンしてきた。

でも、それをとことん求められる現場がなければ、
いつも、私のわかる範囲でしかやってなかったんだ。

おもしろかった。
現場が、自分が、今が。

こういう、芝居作りを目指す、iakuと、
横山拓也の本をとことん現場へ落とし込む、
上田一軒という演出家をもっと、たくさんの人に知ってもらいたいなあと思う。

一軒さんの言葉は、一軒語なので、
時々、現場に混乱をまきおこすけど、
私には、わかりやすかった。
てか、私もたぶんああいう言葉で、演出したり、レッスンしたりしているんだろう。

言葉ではすっきり切り取れないものを現出させたいわけで、
そこには、俳優の身体語がやっぱり不可欠で、
その身体語を持つために、
私たちはレッスンするんだと、改めて思う。

頑張ろう。もっと、なんか、ドキドキすることができるように。

そして、三重でのM-PADも終了した。
これがまた、新しい経験だった。
洞窟という、特殊な場所は、それだけで何かしらを連れてくる。
13:00本番で、10:30現場入りという慌ただしさだったけれど、
現場サイドの山中さんが、ちゃんと考えて仕込んでくれてたので、助かった。
意外な場所からからの地下水の滴りのおかげで、
空間の使いかたに奥行きができ、
新しい演出がポンと生れ出た。

夜は、照明の中を小さな羽虫が飛び、
その羽虫が、光り、まるで星の欠片が飛び回っているみたいな幻想的な風景も…。

自然の力を借りて、
iakuから連続する、私の身体のあり方が、
その日その時その瞬間にしかない「藪の中」を語りだした。

お客様はみな、喜んでくれた。
やれることを、懸命にやれば、きっと誰かが喜んでくれると思う。
自分に合ったやり方。
それで行くしかないんだと、52歳の私は確信するのだ。
もちょっと、早くわかりたかったけど、
このわかり方も、私に合ったわかり方だったのだろう。

さて、今日からまたいろんなことが日常に戻る。
日常をちゃんと生きような!
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by futu-is-best | 2015-11-25 09:43 | 表現すること

目指したいものへ近づくために。

連日、iaku「walk in closet」稽古は続く。

毎日、一軒さんに新しい言葉をもらう。
ほんのちょっと、角度を変えられる。
ほんの少し、地面の質感を変えられる。
微妙に、体温を上げられる。

「walk in closet」の世界の中で、ギリギリ揉みになっている。
上田一軒マジックで、グルグル回されている。
時空の密度が上がっていく。

「目指したいのは…」と一軒さんが言葉を探す。

その目指したいものへ向けて、今日も問い続けよう。

と、カッコいいこと言って、実はここ三日ばかり、胃が痛い。

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by futu-is-best | 2015-11-06 13:35 | 表現すること

iaku「walk in closet」は本気です。

iaku「walk in closet」いよいよ来週末から伊丹AI-HALLでの公演です。
初めてiakuに出させてもらいます。
「流れんな」を見て、衝撃を受けてから2年かな。
日常を生きて、日常に潜む劇的な心情を細やかに堀刻む、そんなことを俳優としてやってみたい!
果たして自分にできるのか?

稽古は、じっくり、行ったり来たり、
一軒さんの頭の動きを追いながら、迷走しながら、進みます。
けど、その,迷走こそ、日常の本質かもと思う今日この頃。

これ!という答えなんか出ない!ない!なくても続く!日常は!
思いがけない瞬間の積み重ね。
その瞬間瞬間に対応するべく、私たちは一瞬一瞬を探る続ける。

その時、自分も意識しない内面が作用する。
私はどんな内面を持っているのか?
この人物はどんな内面を形成してきたのか?
一軒さんは、問い続ける。

自分に、そして私たちに。

答えはないかもしれませんが、
探し続ける私たちを見ていただければいいのではないかとも思います。
絞り込んで、絞り込んで、それでも逃げていく真実を追いかけるしかないのかもしれません。

iaku、見に来てください!


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by futu-is-best | 2015-11-05 09:55 | 表現すること

塚本晋也監督「野火」を見た

「野火」を見ました。

どう言ったらいいだろう?
いや、何も言わないでいいのかも知れない。
何かにしなくていいのかも知れない。
人間だ。
人間がやるのだ。
そのことを強く思って、
そのことを強く憎めばいいのかも知れない。

塚本晋也監督の、この作品を作ることへのエネルギーに感動する。
その描写の容赦なさが凄い。
監督自ら、制作、監督、撮影、主演。

「カーネーション」に俳優として出演していらっしゃって、
ご一緒したあの、監督の穏やかな姿が、
別人のように、変貌していく。

俳優さんたちが凄い。
ボランティアエキストラの方々も、凄い。
あの画面を作るために、どれほどの時間と、力を使ったのだろう。
監督の思いが、全員を引っ張っているのだろう。

戦争を概念で語る限界を感じている今、
人間というものへの畏れ、嫌悪、共感、絶望、希望、という、
共有感覚がキーになるんじゃないかと、
そこを育てたい、開発したいと思う。

悲惨な殺人事件が話題の夜。


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by futu-is-best | 2015-08-19 21:50 | 表現すること

「セッション」

映画「セッション」を観たのです。
午前中、ひまわり研究科の22期の初日。
夜は、劇団Patchの若手ワークショップという予定の間。

教える側としても、パフォーマーとしても、
いろいろ感じるところがあったのですね。

パフォーマーとしては、歴史に残るとか、天才的とか、一番とか、
そういう価値感とは全く関係ないところでやってるわけだけれど、
それでも、32年かけても、まだ至れない境地みたいなものがあるわけで、
もっと、鮮烈な実感を得たいわけで、
そんなことまでしなくても、と人が言うことをやってでも、何か知りたかったりするわけで…

極限まで追い込まれ、極限で自分をぶち破ってゆく姿にはちょっとした憧れをかんじたりして、
それを追い込む師にしても、あんなにひどいことをしなくてもと思いつつ、
あれをやらせる力は何かと考えると、自分にもなんかわかる気もして…

本当の「セッション」をするためにあの厳しい、厳しすぎる時間はあって、
でも、誰もが至れない、ほんとうの「セッション」は経験したものしか得られない境地なのであって、
私はまだ、教え子と共演したことはないのだけれど、
本当の幸福は、そんな「セッション」が出来た時なのかもしれないと考えたり…

そんな本日でした。



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by futu-is-best | 2015-05-12 23:44 | 表現すること

こえの形は私の形

三重県津市、四天王寺さんと、
四日市市「まっさん」でのひとり語り公演が終わりました。

松本清張「二階」

この作品はひとり語りの一回目、第一作目の作品。
もう、15年前、初めての試みで、ただただ懸命に自分なりに読もうと頑張っていた。
ひとり語りとはなんなのか、
朗読じゃないのか、
なぜ、覚えないで読むのか、
芝居じゃないのか、

なんか、いろんなことに答える言葉も持たず、
やることで何かを訴えて言ってやる的な気持ちだったように思う。
そうとう、硬かったですね。
あれから何回も読んでいるけれど、
今回の「二階」は今までで一番怖かったと思う。

なぜ?

物語が進むにつれて、今まではもっと客観的な「こえ」で読んでいたところが、
ぐっと、心理的な「こえ」になったからだ。

なぜ?

わからないのです。
そういう「こえ」が出たのです。
今回稽古してたら…

実感をあえて言葉にしてみるなら、
そういう心情が沸いたということです。
????ですよね。
私という人間の中に、かつては響かなかった何かしら女の心情の微細なところが
ビビっときたということでしょうか。
以前は説明しようとして仕組んでいたところが、
仕組まずに、「こえ」が動いたというか、

グングン読んでいるうちに、
私の身体の形が、そういう形になったというか。

私にとって、「こえ」は身体の形なんです。
気持ち、距離、心理、思考、テンション、風景、時間、過去、未来、現在、
そういう要素が私の身体のなかでどんな形になっているかが
「こえ」になって出て行くのです。

年を重ねて、私の身体の感覚が変わったということでしょう。
教える作業のなか、自分が舞台に出る中、
私の身体の内側が、細かく、細かく繋がっていったのか。

こんな「こえ」をいつ手に入れたのか…
ひとり語りは私自身なのかもしれない。
しかし、恐ろしい話やね。
生きかた全部出てしまう。
「こえ」は恐ろしい。
から、おもしろい。


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by futu-is-best | 2015-04-16 15:31 | 表現すること

それはどこから?

さて、ひまわり研究科春公演、ニール・サイモン「名医先生」も今週末が本番!

いやあ、頑張ったよ、週末。
みんなで力を合わせて、ガンガン、ガンガン頑張った!

その甲斐あって、装置も完成し、衣装小道具も、
なかなか、ぶっ飛んだ感じのものが仕上がってきました。

しかし、装置は思いのほか重く出来上がったため、
模型でのシュミレーションどうりには行かないことが判明!
急遽、組立て方と、転換の変更をすることに。

これは楽なことではないのです。
コンピューターにデータを打ち込めば、アプリがちゃちゃっとやってくれるもんじゃない。
何度も繰り返し、いろんな形を作ってみて、新しい形を見つけ出す。
そして、そこへの転換のしかたも、
誰がどれをどう運んだら合理的、かつ美しいのかを発見する作業。
なるべく女子が危険のないところをやって、
男子が頑張るか。

男女差別と言うなかれ、やはり、腕力には差がある。
女子が危険なことをやって、男子が楽をしていると、ちょっと美しくないと思うのは私だけか?
私は、やっぱりちょっと抵抗があるのね。

ま、私自身は男の子並に力仕事するけどね。
実際、男子より頼りになる女子は山ほどいるけどね。

ま、ともかくも、そんなこんなで、新しい転換を作りました。

新たにナイスなアイディアが湧き出て、
怪我の功名、前より良くなった気がする。

困難が起こると、実は新しいアイディアが必要になり、
それが飛び出てくると、なんかすっごい達成感があって、
すんなり行くより良いかもしれない。

アイディアって、どこから湧いてくるんだろう?
なんか、いつどこで知ったかわからない知識がピョコンと飛び出てくる。

元来欲張りな私の脳みそは、いろんものを溜め込んでいるらしい。
で、自画自賛。
自分で自分に感心して、生徒たちにしらっとあしらわれ、今日も大笑い。
私は平和。

さあ、この超平和脳で私の傑作「名医先生」を最後まで育て上げるのだ!

http://www.himawari.net/school/kansai/osaka/news/4373.html


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by futu-is-best | 2015-03-30 22:03 | 表現すること

「FATZER」を楽しんだのは誰か?


清流劇場「FATZER」が終わって、はや一週間。
しか~し!仕事は続くよ、毎日ね。
仕事および、観劇、映画鑑賞、などもあって、休まずの一週間でしたが、意外と元気です!
で、今回見に来てくださった皆様、ありがとうございました。

はい、まあ、難解な戯曲でしたね!
わからない!という感想が最も多ございます。
もっともです。異議なし!

丸2ヶ月以上読んできた私たちが、本番でやっと、「ああ、これこう言う意味のセリフだったのか」と思ったくらいですから。
しかも、全部解明できてない!のですから…

でもこんな感想も頂いたんです
「見ている間中、切なくて切なくて…辛かったわ」
「戦争が無くならないということ、なにかの本質に触れた気がします」
「戦争はいかんなあ」
「空腹は戦いの元ですね」

ともかくも、なにか、考えだしました、と言われるととても嬉しかったです。

この芝居を見てくれたお客様の中に、私の知っている限り、2人の小学生がいました。
ひとりは、清流劇場の写真を撮っていてくれた写真家の娘さん。
写真家ご本人は、一年前にガンで亡くなってます。
私は付き合いが浅く、直接は存じ上げません。
が、奥様とそのお子さん、彼女とは会ってます。

彼女の正直な笑い声が会場をひとつにしてくれて、
身を乗り出して見つめてたと思ったら、
目をそらせたり、
最後に私が撃たれたところでは、「ほんとに死んでないよね」とお母さんに聞いたとか。

観劇後も、小さい男の人だと思ってた私が、小さいおばさんだったのに戸惑いつつも
「なんで戦争するの?」と涙したりしてるそうです。
言葉の意味などわかるはずもない彼女の心が、ぶるんぶるん動いて、
争いへの嫌悪と疑問がうまれた…最高だと思うんです。演劇のせいかとして…

もう一人、私が担当しているひまわりの生徒。
どうだったかなあと思ったけど、
お母さんによれば、「おもしろかった」って言ってたそうで、
本当はも少し、一緒に来たお父さんの反応も聞きたかったけど、時間なくて残念!
で、本人の感想一番
「先生が歌ってた歌が、最後のだけ感じが違ってかっこいいなと思いました」
「どれ?カーテンコールの歌か?」
「はい」
「それは、良い観察力だぞ!そうだ、確かに違う!」

感想です。
彼の感想。
彼が感じたこと。
これを言えなくなってる大人が多いのです。
分析とかいらない、まず、感じたことを言えるか?

それはとにかく事実なのです。真実なのです。正直なのです。

で、答え。
「劇中は、私はFATZERとして歌ってるねん。だから、FATZERの気持ちで歌わなあかんねん。
でもカーテンコールは、もう役じゃなくて、私が言いたい気持ちを込めて歌ってるねん。だから違うねん」

彼は「役で歌う…?」的な反応でしたけど、
そこを感じるのかってのが、面白かったですね。

誰が「FATZER」を楽しんだのかというと、
一番は俳優じゃないかなと思うんです。
こんなに、遠いところにいる人間をやる、
毎日変化する相手役を見る。
自分が別物になっているのを感じる。
体の痛みさえ、演じてる実感になる。
しんどいけどね。
そんな喜びを最後まで感じてたんじゃないかと思うんです…私だけ?

で、実際は、まっすぐ、空気を吸うように見た小学生が一番楽しんだのかもしれないです。

そんな芝居でした。
お疲れ様でした。



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by futu-is-best | 2015-03-15 00:01 | 表現すること

幸福について考える

M-PADが終わった。
三重県津市の津・あけぼの座さんにはここ数年お世話になっている。

四天王寺さんで、昨年、今年とひとり語りをさせてもらい、
今回はM-PADに参加させてもらった。

四日市市の割烹「まっさん」で、向田邦子さんの「鮒」を読んだ。
大好評だった。
自分で言うのもなんだが、本当に大好評だった。
嬉しい。
お客様が喜んでくれるのは本当に嬉しい。
顔が見える。本当のことが分かる。
怖いけど、本当に感じることができて、
幸福だと思うんだな。幸せ者だと思うんだな。

そして、土曜日、今回の参加者4組全てがみられる「まとめ見」。
これがまた、贅沢だよね。
いやあ、おもしろい。
いろいろあって、おもしろい。
お客様も満席で、喜んでくれて、そう、大好評だったのだ。

いろんなところで、同じように演劇をやり、
社会について考え、人間について考え、表現について考え、演劇について考えている人と出会う。
縁が結ばれていく。
幸福だね。
好きなことやって、人と出会って、
世界広がって。幸福。

そして、今日、
あけぼの座、あけぼの座スクエアに次ぐ、三つ目の劇場「テアトル・ドゥ・ベルヴィル」のこけら落とし公演を観た。
第七劇場が、津市美里に拠点となる劇場を作ったのだ。
自分たちの手で、手作りで。

満席だった。

小さな子供から、お年寄りまで。

いろんな人が劇場にいた。

元々倉庫だったその場所にずっと押し込まれていた建築廃材を使った真っ白な壁、
新しくひかれた、真っ白な床、
その新鮮な空間になにが描かれていくのだろうと、待っていた。

幸福な空間だった。

期待がある、反応がある、怒りがある、喜びがある、愛着がある、愛情がある。
ある。ということは幸福なんだな。
関わりがあるってことだな。
生き物と生きものが関わりあう。
関わりあえる場所として劇場を作ったんだな、きっと、鳴海さんたちは。
これからが、本当に大変だと思う。
始めるのは瞬発力でできるけど、
継続は本当の力がいる。
だからこそ、一人ではなく地域のみんなと一緒にやらなきゃならないんだな。
めんどくさい事だらけだと思うよ。

でも…

めんどくさいって、幸福の種だな。
関わりがないって楽だけど、楽は幸福とは違うな。
生きるってめんどくさくてなんぼやな。

私とか、めんどくささから逃げてきたなと思う。
めんどくささの中に突っ込んでいく人を見ると眩しい。

今日の芝居「シンデレラ」のセリフだ!
人は「幸福」になるために生まれてきたのよ。
で、シンデレラはめんどくさい結婚をするんだ!

わあああ、今なんかすっごく芝居がわかったわ。


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by futu-is-best | 2014-11-23 23:53 | 表現すること

「IPHIGENIE」から離れて。

IPHIGENIE」本当に一生に一度の大役だったなあ。
まあ、まだこれからはわからんけど…
(もっとすごいのやる気?でも来たらやりたいなあ)

セリフの量は間違いなく、最高値。舞台上時間も最高値。
どうやって、この役をやれば良いのかわからなさも最高値。

しかし、演出田中さんと、翻訳の市川先生と、スタッフの方々と、共演のみんなと、
探して、探して、ホールに入ってから、やっといろいろなことが見えてきた感じでした。
アグレッシブな稽古場だったよ。
発見の連続。悔しさの嵐。
ギリシャ悲劇をやるというのは、自分にも大きなドラマが起こるということやなあ。当たり前か…。

シェイクスピアや、ギリシャ悲劇をやってきた人たちの身体エネルギーの高さにビビる。
もっと高く、もっと美しく、もっと強く。という力があったんだろうなあ。
オリンピックができるはずさね。

しかし、怖かった。
心臓飛び出るかという本番直前。
体中を血がえらい勢いで流れてるのが分かる。

しかし、一言発してしまったらもうあとは前に進むしかないので、逆に落ち着いたけど。
完璧にセリフ言えた日、ないけど。
失敗を冷静に感じながら、それでも前に。

俳優の身体って、ほんまに不思議なもんやなあと実感した。
外から自分を見ながら、でも、嘘はつかないで、
自分を引っ張りながら、今に引っ張られてる感じ。
そんな感じ。

ご縁に感謝です。
巧まざるご縁によって、こんな素晴らしい経験をさせていただける。
ありがたいことですなあ。ほんまに。

今は、また次の芝居のお仕事中。
これもご縁に引っ張られてのお仕事です。
頑張ろう。

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by futu-is-best | 2014-10-21 11:50 | 表現すること