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2016年が終わるなあ…。と振り返ってみた。

いつもながら、一年の過ぎる速さに驚くな。

2016年のスケジュール帳を見直すと、
まあ、汚い書き込みが!
なにやったんか、わからんわ!
暗号だらけや!

よくよく見てみると、
1月は、山口茜ちゃんとのひとり語りの稽古してるんやね。
で、22~24日に本番。
懐かしいわ。「チョコレートを盗め」「蝶」の宮本輝二本立て。
清流劇場「賢者ナータン」の稽古もしてたんや。
2月にはうおりさんで、チェーホフやって。
3月に清流劇場本番で、月末にはルミエールホールで「桜の森の満開の下」やってる。
4月ひまわり研究科公演、別役実作品「会議」やって、大阪芸大での講師が始まって、
5月は、りぼん堂さんのリーディング。
6月、アトリエセンターフォワードさんの公演でアフタートーク。
この辺は少しゆっくりやったね。
7月に泉大津文化フォーラムで講演。芸大の授業でひとり語り「葉桜と魔笛」
8月「ラジカセ」の撮影。
9月「科捜研の女」撮影。そうそう、GAGAのワークショップ!楽しかった。きつかったけど。
10月はひとり語り「拐帯行」東京、大阪公演。
11月、うおり宮部みゆき「鬼子母火」、泉州弁シンポジウム、AI-HALL「声に出して読もう」が始まり、
三重県M-PAD、瀬戸内寂聴「女人源氏物語~空蝉」。初の清流劇場勉強会でのワークショップ。
そして、12月、清流勉強会でギリシャ悲劇と「オイディプス王」について学び、3月の公演に向けて走り始め、
AI-HALLの「声に出して読もう」も楽しく終わり、
昨日は、来年以降の企みについてのミーティング。
来年のスケジュール帳への書き込みも増えてくる。
スピリッツ「村上海賊の娘」も好評で、年明けから新展開。

早かったけれど、いろいろやってきたなあと思う。

おまけに歯の治療もずーっと続いてるし…。

そして、気が付けば、
6月に美容院に行ったきり、半年もほったらかしの私の髪。
美容はどうなってるんだ!美容については!
いいのか、こんなことで!
ということで、本日美容院行きます。


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by futu-is-best | 2016-12-22 11:49 | 日記

最近疑問で、また腹立ったこと

算数の話ですよ。
なんか、ネットで話題だって、
これまた、ネットの話題を二番煎じ、三番煎じでやるのが仕事だと
思い込んでるらしい、テレビで見たんだけれど。
小学三年生の問題ですって、
 3.9
+5.1
──── 
 9.0
これで、-1点なんですって。
今の小学校では、.0は理解できない子もいるので、
/で、消すように教えているんですって。
だから、9.0は正解なんだけど、
表記としては、9と書くように言われているので、
9.0と書いたことが-1なんですって。

決められたことをやってないから、減点するのは妥当というコメンテーターは
.0を消すように教えられた世代。
だから、こんなコメントも堂々とできるんでしょう。

数学的には、9.0ですよね。
でも、コメンテーター的には、これは数学ではなく算数なんですって。

問題の焦点がおかしいと思うんです。

決まりを守ることを教えるのが、算数ですか?
算数で教えるべきことは他にあるんじゃないですか?

数学的には、直線は点の無限のつながりですよね。
0の中には、無限の可能性が隠されてるんだよね、
ほんとうには割り切れないものを、こうやって、表現してるんだよ、
でも、現実は割り切れないんだよっていう事を、.0は現してるんですよね。
わからんでもいいんですよ。
全然いいんです。
でも.
9.0という表記を目にしてたこと、
あるいは、そう、自分で書いていたことは、大きな意味を持つと思うんです。

教育って、なんでしょう?

πを3にしてしまったとき、
9.0を9と表記することにしたとき、
それは、デジタルに世界を表記しようとしているんですよね。

教育って、アナログな人間の世界の事を教えるんじゃないんですかね?
世界は、現実の世界は、アナログです。
デジタルにはなりえないのです。
その世界を生きることを知るために教育があるんじゃないのですかね?

私たちは、本当に人間を育てるってどういうことか、本気で社会総がかりで考えなあかんちゃうやろか。

アナログなんだ。
割り切れないんだ。
だから、知恵を絞り、胆力を絞り、
理不尽なこの世界を生き抜くんだ。

小学校教育はとても重要だと思うのだ。

何を作りたくて、学校教育はあるのだろう?
どんな人間を作りたくて、学校教育はあるのだろう?
そして、何をしたくて、教師になり、親になるのだろう?

子供を持たない私は、とても理想的なことが言える。
そう、理想的なことを言ってる。
でも、理想を語らなくなったら、すべての事はどこへ行くのだろう?

底辺は広く、しかし、高い頂点を設定し続けなくては、
私たちは生き続けていけないのではないだろうか、と思うのです。




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by futu-is-best | 2016-12-04 20:50 | 日記

この世界の片隅に生きる。生き続ける。


「この世界の片隅に」を見てきました。
本当に、人を傷つけるという行為は嫌なものだと思いました。
戦争は嫌だ。
人がやる破壊行為は、嫌だ。
ともかく、
戦争がどうこうという前に、人が傷つくのは、嫌だなあと。
嫌な行為だなあ。

嫌な行為だ。

美しくない行為だ。

考えて、破壊の制度を上げることを考えてやっているところが
一番、嫌だ。
人は、それができる生き物なのだ。
怖い。
怖いよ。私たちってものは。

でも、それと並行で、こんなに傷つけられても、美しく生きていく力も、
人間にはあるのだなあと思い、そこに感動しました。
どんな状況にあっても、目の前にある美しいものを知っているという事は強い!
普通に生きる力の豊かな人は、どんな過激な出来事も、
普通の中に飲み込んでいくことができるのだなと。
身を割くような苦しさを乗り越えてね。

今、家のナナ姫は、私の足首に顎をのせて寛いでいる。

安心してくれるという喜び。

安心を壊したくないよね。
トイレ行きたいけど…もうちょっと、我慢する…。

美しい風景とか、
美しい暮らしが、
目に見えていればいるほど、
私たち自身が、美しくいられるのだと思う。

だから、やっぱり目を上げて、
外を見よう!
汚いものもちゃんと見て、
美しいものを求めよう!

そして、目に見えている物の広がりを、
無限の広がりを、想像しよう。

すずさんのように。

希望。
それが、希望を持つ力。


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by futu-is-best | 2016-12-01 21:19 | 日記