ひとり語り2015、稽古始まる

まずは、面談から。
こんな始まりは初めてです。
マリリンの質問に、答えました。

話し出すと、いろんなことがあったなあと思う。
いろんな言葉、いろんな感情、いろんな関係、いろんな出会い、いろんな別れ。
考えたこと、感じたこと、笑ったこと、泣いたこと、怒ったこと。

そんないろんなことが、今回のひとり語りを、どんな作品にしていくんだろう。

いつだって、今の自分を使って読んでいるけど、
マリリンは、どんな私を見つけるんだろう。

それは、お客様にどう見えるんだろう。

初めての旅が始まります。

是非、目撃を!



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# by futu-is-best | 2015-05-31 11:24 | ひとり語り

ひまわりだったり、アニメーター学院だったり

先日、大阪アニメーター学院で、私が最後に担当した第9期生の同窓会がありました。
7年ですって。
あれから、7年経ったのですって。

早いねえ。びっくりしました。
20歳そこそこだたメンバーが、27歳とか30歳とか、
いい大人になっていて、
そりゃあ、私も歳とるわ!

それでも、やっぱり元気にいい顔しててくれると、本当に嬉しい。

アニメーター学院の10年は、わたしを育ててくれたし、
様々なことを勉強させてくれた。
人生の核ともなる時間だったなあ。

そして、ひまわりです。
ひまわり復活、研究科担当3年目の成果が、写真となって報告されてます。
ま、これだけじゃわかんないけど、積み重ねた結果が出たと思ってる。

アニメーターも、ひまわりも、やっぱり積み重ねが大事だと思う仕事です。

人生は一発勝負じゃない、積み重ねだと思う。
だから、歳とるのも悪くないって。


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# by futu-is-best | 2015-05-20 20:55

「セッション」

映画「セッション」を観たのです。
午前中、ひまわり研究科の22期の初日。
夜は、劇団Patchの若手ワークショップという予定の間。

教える側としても、パフォーマーとしても、
いろいろ感じるところがあったのですね。

パフォーマーとしては、歴史に残るとか、天才的とか、一番とか、
そういう価値感とは全く関係ないところでやってるわけだけれど、
それでも、32年かけても、まだ至れない境地みたいなものがあるわけで、
もっと、鮮烈な実感を得たいわけで、
そんなことまでしなくても、と人が言うことをやってでも、何か知りたかったりするわけで…

極限まで追い込まれ、極限で自分をぶち破ってゆく姿にはちょっとした憧れをかんじたりして、
それを追い込む師にしても、あんなにひどいことをしなくてもと思いつつ、
あれをやらせる力は何かと考えると、自分にもなんかわかる気もして…

本当の「セッション」をするためにあの厳しい、厳しすぎる時間はあって、
でも、誰もが至れない、ほんとうの「セッション」は経験したものしか得られない境地なのであって、
私はまだ、教え子と共演したことはないのだけれど、
本当の幸福は、そんな「セッション」が出来た時なのかもしれないと考えたり…

そんな本日でした。



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# by futu-is-best | 2015-05-12 23:44 | 表現すること

ナナと歩く。

ナナと歩くんです。

ただ、彼女の行きたいところへ。

彼女が佇みたければ、佇み。
耳をすませば、共にすまし。
畑を見つめれば、共に見つめ。
鳥を狙って、草むらへ身を潜めれば、じっと息を殺して待ち。
失敗して、残念そうに鳴きながら戻ってくる彼女を迎え。
また、歩くのです。

風を感じて、
日差しを浴びて、
季節を感じて。

何をするでもない、
何もしないで、
今を感じる時間が、本当に好き。

ふっと、呼吸が合って、
一緒に動き出した瞬間とか、好き。

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# by futu-is-best | 2015-04-23 14:31 | 猫はなし

こえの形は私の形

三重県津市、四天王寺さんと、
四日市市「まっさん」でのひとり語り公演が終わりました。

松本清張「二階」

この作品はひとり語りの一回目、第一作目の作品。
もう、15年前、初めての試みで、ただただ懸命に自分なりに読もうと頑張っていた。
ひとり語りとはなんなのか、
朗読じゃないのか、
なぜ、覚えないで読むのか、
芝居じゃないのか、

なんか、いろんなことに答える言葉も持たず、
やることで何かを訴えて言ってやる的な気持ちだったように思う。
そうとう、硬かったですね。
あれから何回も読んでいるけれど、
今回の「二階」は今までで一番怖かったと思う。

なぜ?

物語が進むにつれて、今まではもっと客観的な「こえ」で読んでいたところが、
ぐっと、心理的な「こえ」になったからだ。

なぜ?

わからないのです。
そういう「こえ」が出たのです。
今回稽古してたら…

実感をあえて言葉にしてみるなら、
そういう心情が沸いたということです。
????ですよね。
私という人間の中に、かつては響かなかった何かしら女の心情の微細なところが
ビビっときたということでしょうか。
以前は説明しようとして仕組んでいたところが、
仕組まずに、「こえ」が動いたというか、

グングン読んでいるうちに、
私の身体の形が、そういう形になったというか。

私にとって、「こえ」は身体の形なんです。
気持ち、距離、心理、思考、テンション、風景、時間、過去、未来、現在、
そういう要素が私の身体のなかでどんな形になっているかが
「こえ」になって出て行くのです。

年を重ねて、私の身体の感覚が変わったということでしょう。
教える作業のなか、自分が舞台に出る中、
私の身体の内側が、細かく、細かく繋がっていったのか。

こんな「こえ」をいつ手に入れたのか…
ひとり語りは私自身なのかもしれない。
しかし、恐ろしい話やね。
生きかた全部出てしまう。
「こえ」は恐ろしい。
から、おもしろい。


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# by futu-is-best | 2015-04-16 15:31 | 表現すること

清流劇場「FATZER」の写真届いた!

3月の清流劇場の公演「FATZER」の写真が届きました。
今回の舞台は、全体が、開帳場で、その真ん中に、逆開帳があって、
床に切り穴があって、切り穴から出たり入ったり、
逆開帳のトップは床面から270センチ。
そこに立った時の景色は壮観でした。

背後のスクリーンには、今の自分たちが映し出されることもあり、
どんな風景になっているのか、
ちょっと、想像できなかったのだけれど…
なるほど。

凄い景色だ。

こういう芝居を関西でできるって、すごくワクワクするんだな。
頭でっかちになりすぎず、
でも、頭つかって、
体もフルに使って、
遊びもいれて、
人間くさく。

ほかにもたくさんの写真があります。


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# by futu-is-best | 2015-04-13 15:13

またしても、春…。

ナナに添い寝(ナナ的には迷惑かもしれないが)。
ていうか、一方的にナナのそばで寝させて頂く。

究極に眠いときは、ナナは、もう、私が触っていようと、話しかけようと、眠りに落ちていく。

見ていると、まぶたの筋肉が緩み、目の玉がひっくり返り、
耳は動くのを止め、
寝息が規則正しくなり、
手足がブルブルっと動き、
眠りが深まっていくのがわかる。

そして、グッと伸びをして、さらに筋肉が緩み、
顎が緩み、そろそろ、舌が出てきそうだ。

自分の腕に触れながら、無防備に手足を伸ばしてゆくナナを見ていると、
可愛くて仕方がない。

無防備でいてくれる何者かがいること…

芝居の稽古をしていると、
私と向き合っているときは、多少なりとも緊張している子が、
芝居の中に入って、無防備にその役に突撃していく姿を見ることがある。
そんな時、とても嬉しくなる。
私は怖くても、うるさくてもいいのだ。
嫌われてもいい。
でも、芝居の中に入れば、解放されて、返って自分らしくなる。
特別な自由を獲得している。

獲得した自由な時間を生き生きと生きている。

そんな姿を見るとき、本当に嬉しくなる。

自由を獲得するために、私とナナは時間をかけた。
探り合い、読み合い、耳を傾け、目を凝らし…。

そして、ナナは、多分どうというはっきりした理由などなく、
時々、一緒に散歩して欲しいと思い。
時々、腹の上で寝たい相手になり、
喉元を撫でてもらいたい相手になり、

私にとってナナは、
ナナに散歩に誘ってもらうと、嬉しい相手になり、
できるだけ一緒にいてあげたい相手になった。

ボタン一個では、なにも生まれない。

私たちはアナログでしか生きられない。

ナナが寝返りを打った。どんどん長くなる。
それが、とても嬉しいのだ。

金曜日には、ひまわり研究科の公演が始まる。
始まれば、終わる。
彼らとの時間も、一区切りになる。

これからに繋がる区切りとしましょ。ね。



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# by futu-is-best | 2015-03-31 22:17 | 日記

それはどこから?

さて、ひまわり研究科春公演、ニール・サイモン「名医先生」も今週末が本番!

いやあ、頑張ったよ、週末。
みんなで力を合わせて、ガンガン、ガンガン頑張った!

その甲斐あって、装置も完成し、衣装小道具も、
なかなか、ぶっ飛んだ感じのものが仕上がってきました。

しかし、装置は思いのほか重く出来上がったため、
模型でのシュミレーションどうりには行かないことが判明!
急遽、組立て方と、転換の変更をすることに。

これは楽なことではないのです。
コンピューターにデータを打ち込めば、アプリがちゃちゃっとやってくれるもんじゃない。
何度も繰り返し、いろんな形を作ってみて、新しい形を見つけ出す。
そして、そこへの転換のしかたも、
誰がどれをどう運んだら合理的、かつ美しいのかを発見する作業。
なるべく女子が危険のないところをやって、
男子が頑張るか。

男女差別と言うなかれ、やはり、腕力には差がある。
女子が危険なことをやって、男子が楽をしていると、ちょっと美しくないと思うのは私だけか?
私は、やっぱりちょっと抵抗があるのね。

ま、私自身は男の子並に力仕事するけどね。
実際、男子より頼りになる女子は山ほどいるけどね。

ま、ともかくも、そんなこんなで、新しい転換を作りました。

新たにナイスなアイディアが湧き出て、
怪我の功名、前より良くなった気がする。

困難が起こると、実は新しいアイディアが必要になり、
それが飛び出てくると、なんかすっごい達成感があって、
すんなり行くより良いかもしれない。

アイディアって、どこから湧いてくるんだろう?
なんか、いつどこで知ったかわからない知識がピョコンと飛び出てくる。

元来欲張りな私の脳みそは、いろんものを溜め込んでいるらしい。
で、自画自賛。
自分で自分に感心して、生徒たちにしらっとあしらわれ、今日も大笑い。
私は平和。

さあ、この超平和脳で私の傑作「名医先生」を最後まで育て上げるのだ!

http://www.himawari.net/school/kansai/osaka/news/4373.html


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# by futu-is-best | 2015-03-30 22:03 | 表現すること

ひまわり研究科、奮闘中!

ご無沙汰してます。
夕べ、清流劇場[FATZER」の飲み会で、飲みすぎて若干二日酔いのまま、
お仕事に精出していた、私です。
いろいろ、わからないことがあります。
カバンに自分のじゃない鍵が入っていて、
大事な書類が見当たらず、
またしても、人様の手を煩わせまして、
ほんとうに、情けないわけで…

ま、そんな今私がやっているのは、これ→
ひまわり研究科春公演、ニール・サイモン作「名医先生」の演出です。

半年に一回、公演があるので、これで研究科担当3年、6回目の公演ですわ。
芝居を作るのはおもしろい。これはもう、実際面白いのです。
声が潰れるくらい怒っても、震えるくらい腹立てても、
それほど、本気になれることがある訳で、
2年とか、一緒に芝居と向き合ってると、ほんとうに可愛くなるし…
少しずつでも、成長していく姿を見ると、感動するし…
しかし、響かないと、腹立つし、落ち込むし、
まあ、忙しいのです。

ともかく、奮闘中。
がんばろう、最後まで諦めず。


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# by futu-is-best | 2015-03-25 21:42 | 指導者として

「FATZER」を楽しんだのは誰か?


清流劇場「FATZER」が終わって、はや一週間。
しか~し!仕事は続くよ、毎日ね。
仕事および、観劇、映画鑑賞、などもあって、休まずの一週間でしたが、意外と元気です!
で、今回見に来てくださった皆様、ありがとうございました。

はい、まあ、難解な戯曲でしたね!
わからない!という感想が最も多ございます。
もっともです。異議なし!

丸2ヶ月以上読んできた私たちが、本番でやっと、「ああ、これこう言う意味のセリフだったのか」と思ったくらいですから。
しかも、全部解明できてない!のですから…

でもこんな感想も頂いたんです
「見ている間中、切なくて切なくて…辛かったわ」
「戦争が無くならないということ、なにかの本質に触れた気がします」
「戦争はいかんなあ」
「空腹は戦いの元ですね」

ともかくも、なにか、考えだしました、と言われるととても嬉しかったです。

この芝居を見てくれたお客様の中に、私の知っている限り、2人の小学生がいました。
ひとりは、清流劇場の写真を撮っていてくれた写真家の娘さん。
写真家ご本人は、一年前にガンで亡くなってます。
私は付き合いが浅く、直接は存じ上げません。
が、奥様とそのお子さん、彼女とは会ってます。

彼女の正直な笑い声が会場をひとつにしてくれて、
身を乗り出して見つめてたと思ったら、
目をそらせたり、
最後に私が撃たれたところでは、「ほんとに死んでないよね」とお母さんに聞いたとか。

観劇後も、小さい男の人だと思ってた私が、小さいおばさんだったのに戸惑いつつも
「なんで戦争するの?」と涙したりしてるそうです。
言葉の意味などわかるはずもない彼女の心が、ぶるんぶるん動いて、
争いへの嫌悪と疑問がうまれた…最高だと思うんです。演劇のせいかとして…

もう一人、私が担当しているひまわりの生徒。
どうだったかなあと思ったけど、
お母さんによれば、「おもしろかった」って言ってたそうで、
本当はも少し、一緒に来たお父さんの反応も聞きたかったけど、時間なくて残念!
で、本人の感想一番
「先生が歌ってた歌が、最後のだけ感じが違ってかっこいいなと思いました」
「どれ?カーテンコールの歌か?」
「はい」
「それは、良い観察力だぞ!そうだ、確かに違う!」

感想です。
彼の感想。
彼が感じたこと。
これを言えなくなってる大人が多いのです。
分析とかいらない、まず、感じたことを言えるか?

それはとにかく事実なのです。真実なのです。正直なのです。

で、答え。
「劇中は、私はFATZERとして歌ってるねん。だから、FATZERの気持ちで歌わなあかんねん。
でもカーテンコールは、もう役じゃなくて、私が言いたい気持ちを込めて歌ってるねん。だから違うねん」

彼は「役で歌う…?」的な反応でしたけど、
そこを感じるのかってのが、面白かったですね。

誰が「FATZER」を楽しんだのかというと、
一番は俳優じゃないかなと思うんです。
こんなに、遠いところにいる人間をやる、
毎日変化する相手役を見る。
自分が別物になっているのを感じる。
体の痛みさえ、演じてる実感になる。
しんどいけどね。
そんな喜びを最後まで感じてたんじゃないかと思うんです…私だけ?

で、実際は、まっすぐ、空気を吸うように見た小学生が一番楽しんだのかもしれないです。

そんな芝居でした。
お疲れ様でした。



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# by futu-is-best | 2015-03-15 00:01 | 表現すること