清流劇場「FATZER」の写真届いた!

3月の清流劇場の公演「FATZER」の写真が届きました。
今回の舞台は、全体が、開帳場で、その真ん中に、逆開帳があって、
床に切り穴があって、切り穴から出たり入ったり、
逆開帳のトップは床面から270センチ。
そこに立った時の景色は壮観でした。

背後のスクリーンには、今の自分たちが映し出されることもあり、
どんな風景になっているのか、
ちょっと、想像できなかったのだけれど…
なるほど。

凄い景色だ。

こういう芝居を関西でできるって、すごくワクワクするんだな。
頭でっかちになりすぎず、
でも、頭つかって、
体もフルに使って、
遊びもいれて、
人間くさく。

ほかにもたくさんの写真があります。


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# by futu-is-best | 2015-04-13 15:13

またしても、春…。

ナナに添い寝(ナナ的には迷惑かもしれないが)。
ていうか、一方的にナナのそばで寝させて頂く。

究極に眠いときは、ナナは、もう、私が触っていようと、話しかけようと、眠りに落ちていく。

見ていると、まぶたの筋肉が緩み、目の玉がひっくり返り、
耳は動くのを止め、
寝息が規則正しくなり、
手足がブルブルっと動き、
眠りが深まっていくのがわかる。

そして、グッと伸びをして、さらに筋肉が緩み、
顎が緩み、そろそろ、舌が出てきそうだ。

自分の腕に触れながら、無防備に手足を伸ばしてゆくナナを見ていると、
可愛くて仕方がない。

無防備でいてくれる何者かがいること…

芝居の稽古をしていると、
私と向き合っているときは、多少なりとも緊張している子が、
芝居の中に入って、無防備にその役に突撃していく姿を見ることがある。
そんな時、とても嬉しくなる。
私は怖くても、うるさくてもいいのだ。
嫌われてもいい。
でも、芝居の中に入れば、解放されて、返って自分らしくなる。
特別な自由を獲得している。

獲得した自由な時間を生き生きと生きている。

そんな姿を見るとき、本当に嬉しくなる。

自由を獲得するために、私とナナは時間をかけた。
探り合い、読み合い、耳を傾け、目を凝らし…。

そして、ナナは、多分どうというはっきりした理由などなく、
時々、一緒に散歩して欲しいと思い。
時々、腹の上で寝たい相手になり、
喉元を撫でてもらいたい相手になり、

私にとってナナは、
ナナに散歩に誘ってもらうと、嬉しい相手になり、
できるだけ一緒にいてあげたい相手になった。

ボタン一個では、なにも生まれない。

私たちはアナログでしか生きられない。

ナナが寝返りを打った。どんどん長くなる。
それが、とても嬉しいのだ。

金曜日には、ひまわり研究科の公演が始まる。
始まれば、終わる。
彼らとの時間も、一区切りになる。

これからに繋がる区切りとしましょ。ね。



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# by futu-is-best | 2015-03-31 22:17 | 日記

それはどこから?

さて、ひまわり研究科春公演、ニール・サイモン「名医先生」も今週末が本番!

いやあ、頑張ったよ、週末。
みんなで力を合わせて、ガンガン、ガンガン頑張った!

その甲斐あって、装置も完成し、衣装小道具も、
なかなか、ぶっ飛んだ感じのものが仕上がってきました。

しかし、装置は思いのほか重く出来上がったため、
模型でのシュミレーションどうりには行かないことが判明!
急遽、組立て方と、転換の変更をすることに。

これは楽なことではないのです。
コンピューターにデータを打ち込めば、アプリがちゃちゃっとやってくれるもんじゃない。
何度も繰り返し、いろんな形を作ってみて、新しい形を見つけ出す。
そして、そこへの転換のしかたも、
誰がどれをどう運んだら合理的、かつ美しいのかを発見する作業。
なるべく女子が危険のないところをやって、
男子が頑張るか。

男女差別と言うなかれ、やはり、腕力には差がある。
女子が危険なことをやって、男子が楽をしていると、ちょっと美しくないと思うのは私だけか?
私は、やっぱりちょっと抵抗があるのね。

ま、私自身は男の子並に力仕事するけどね。
実際、男子より頼りになる女子は山ほどいるけどね。

ま、ともかくも、そんなこんなで、新しい転換を作りました。

新たにナイスなアイディアが湧き出て、
怪我の功名、前より良くなった気がする。

困難が起こると、実は新しいアイディアが必要になり、
それが飛び出てくると、なんかすっごい達成感があって、
すんなり行くより良いかもしれない。

アイディアって、どこから湧いてくるんだろう?
なんか、いつどこで知ったかわからない知識がピョコンと飛び出てくる。

元来欲張りな私の脳みそは、いろんものを溜め込んでいるらしい。
で、自画自賛。
自分で自分に感心して、生徒たちにしらっとあしらわれ、今日も大笑い。
私は平和。

さあ、この超平和脳で私の傑作「名医先生」を最後まで育て上げるのだ!

http://www.himawari.net/school/kansai/osaka/news/4373.html


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# by futu-is-best | 2015-03-30 22:03 | 表現すること

ひまわり研究科、奮闘中!

ご無沙汰してます。
夕べ、清流劇場[FATZER」の飲み会で、飲みすぎて若干二日酔いのまま、
お仕事に精出していた、私です。
いろいろ、わからないことがあります。
カバンに自分のじゃない鍵が入っていて、
大事な書類が見当たらず、
またしても、人様の手を煩わせまして、
ほんとうに、情けないわけで…

ま、そんな今私がやっているのは、これ→
ひまわり研究科春公演、ニール・サイモン作「名医先生」の演出です。

半年に一回、公演があるので、これで研究科担当3年、6回目の公演ですわ。
芝居を作るのはおもしろい。これはもう、実際面白いのです。
声が潰れるくらい怒っても、震えるくらい腹立てても、
それほど、本気になれることがある訳で、
2年とか、一緒に芝居と向き合ってると、ほんとうに可愛くなるし…
少しずつでも、成長していく姿を見ると、感動するし…
しかし、響かないと、腹立つし、落ち込むし、
まあ、忙しいのです。

ともかく、奮闘中。
がんばろう、最後まで諦めず。


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# by futu-is-best | 2015-03-25 21:42 | 指導者として

「FATZER」を楽しんだのは誰か?


清流劇場「FATZER」が終わって、はや一週間。
しか~し!仕事は続くよ、毎日ね。
仕事および、観劇、映画鑑賞、などもあって、休まずの一週間でしたが、意外と元気です!
で、今回見に来てくださった皆様、ありがとうございました。

はい、まあ、難解な戯曲でしたね!
わからない!という感想が最も多ございます。
もっともです。異議なし!

丸2ヶ月以上読んできた私たちが、本番でやっと、「ああ、これこう言う意味のセリフだったのか」と思ったくらいですから。
しかも、全部解明できてない!のですから…

でもこんな感想も頂いたんです
「見ている間中、切なくて切なくて…辛かったわ」
「戦争が無くならないということ、なにかの本質に触れた気がします」
「戦争はいかんなあ」
「空腹は戦いの元ですね」

ともかくも、なにか、考えだしました、と言われるととても嬉しかったです。

この芝居を見てくれたお客様の中に、私の知っている限り、2人の小学生がいました。
ひとりは、清流劇場の写真を撮っていてくれた写真家の娘さん。
写真家ご本人は、一年前にガンで亡くなってます。
私は付き合いが浅く、直接は存じ上げません。
が、奥様とそのお子さん、彼女とは会ってます。

彼女の正直な笑い声が会場をひとつにしてくれて、
身を乗り出して見つめてたと思ったら、
目をそらせたり、
最後に私が撃たれたところでは、「ほんとに死んでないよね」とお母さんに聞いたとか。

観劇後も、小さい男の人だと思ってた私が、小さいおばさんだったのに戸惑いつつも
「なんで戦争するの?」と涙したりしてるそうです。
言葉の意味などわかるはずもない彼女の心が、ぶるんぶるん動いて、
争いへの嫌悪と疑問がうまれた…最高だと思うんです。演劇のせいかとして…

もう一人、私が担当しているひまわりの生徒。
どうだったかなあと思ったけど、
お母さんによれば、「おもしろかった」って言ってたそうで、
本当はも少し、一緒に来たお父さんの反応も聞きたかったけど、時間なくて残念!
で、本人の感想一番
「先生が歌ってた歌が、最後のだけ感じが違ってかっこいいなと思いました」
「どれ?カーテンコールの歌か?」
「はい」
「それは、良い観察力だぞ!そうだ、確かに違う!」

感想です。
彼の感想。
彼が感じたこと。
これを言えなくなってる大人が多いのです。
分析とかいらない、まず、感じたことを言えるか?

それはとにかく事実なのです。真実なのです。正直なのです。

で、答え。
「劇中は、私はFATZERとして歌ってるねん。だから、FATZERの気持ちで歌わなあかんねん。
でもカーテンコールは、もう役じゃなくて、私が言いたい気持ちを込めて歌ってるねん。だから違うねん」

彼は「役で歌う…?」的な反応でしたけど、
そこを感じるのかってのが、面白かったですね。

誰が「FATZER」を楽しんだのかというと、
一番は俳優じゃないかなと思うんです。
こんなに、遠いところにいる人間をやる、
毎日変化する相手役を見る。
自分が別物になっているのを感じる。
体の痛みさえ、演じてる実感になる。
しんどいけどね。
そんな喜びを最後まで感じてたんじゃないかと思うんです…私だけ?

で、実際は、まっすぐ、空気を吸うように見た小学生が一番楽しんだのかもしれないです。

そんな芝居でした。
お疲れ様でした。



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# by futu-is-best | 2015-03-15 00:01 | 表現すること

今回は、背筋が疲れますな。

清流劇場「FATZER」稽古も、おおづまってます。
つまりまくってます。
いいのか悪いのか…
毎日があたらしい稽古ですが、ホンマに大変です。

前回の「IPHIGENIE」では、首の筋肉が疲れたが、
今回は、背筋が疲れますな。

前回と今回の大きな違いは、
前回は、自分を曲げない女性の役。
今回は、自分を曲げられない男性の役。

男役だけど、ま、こんなにちびっ子の私がやるわけだし、
男っぽくやってもしょうがないしね。
それでも、男を意識してるらしく…っていうか、
実際、私みたいなちびっ子が、男を意識してると、
宝塚っぽくなっちゃうらしくて、
いろいろ、細やかに、意識して演技してたりします。

それが、なんなの?って感じだけど、
微妙なさじ加減で芝居は現実世界は出来ているわけで、
演劇も、実際、微妙なさじ加減で本当に大きくそのクオリティは変わります。

何のために、そんなに微妙なさじ加減にビクビクしながら、
演劇なんか、金にもならないことをやるのか…

真実を探せる現場だからだな。
そんな微妙な、世界の真実を探しているのです。

ブレヒトのこの「FATZER」という作品はそこに深くコミットしてくる作品だと確信します。

見てもらいたい。
そして、わからなくても、感じたことを話して欲しい。
そんな芝居。
http://seiryu-theater.jp/



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# by futu-is-best | 2015-02-26 01:03 | 公演情報

発見していくのだ、稽古のたびに。

清流劇場「FATZER」の稽古は続いていおります。
稽古写真がアップされてます。ここから。
いろいろと、きつい毎日ですが、
発見がいっぱいあるので、やっぱり楽しいのです。
稽古場は、本当に楽しい。
難解だからこそ、わからないところがあるからこそ、
稽古をしていると発見することが多いのです。
是非、是非、見ていただきたい!


ドラマトゥルクをやってくれている、小野さんの言葉です。こんなお芝居です。↓

ドラマトゥルクを担当している清流劇場『FATZER』の本番まで、一月を切った。
未完の断片であるブレヒトの『ファッツァー』は、一貫性のある物語作品ではないため、しばしば「難解」と評される。だが、なし崩しに戦へと煽り立てられている今この時局ほど、本作を埋め尽くすささくれだった言葉の数々が、観る者の思考に理屈ぬきに突き刺さってくる状況はないんじゃないかと、つくづく思う。

私はちょっとした事情で子どもの頃から、生きているうちに戦争を経験する将来を刷り込まれていた。だから何が起きても他人事みたいに諦められるだろうと自分でも思っていた。
けれどもこの期におよんで、利己のためならどんなに見えすいた嘘も論理のすり替えも暴力の行使も辞さない為政者のやり口が、ますますあからさまに、なりふり構わぬようになっていくのを見たとき、腹の底で静かにしかしはっきりと、激しい怒りが燃えている自分を発見した。
世界の情勢に無頓着だという点においてわたしはあの政権をとやかく言えない。でも誇大妄想と欺瞞にまみれた連中の目論見や、それに追従する有象無象の打算的な態度が、人として誠も実も欠いていることは、きっぱり言い切れる。
わたしは黙ったまま死にたくない。知らないうちに人殺しに加担したくもない。本当は、富める者がますます富むために貧乏人が争い合うこのゲームを盤ごとひっくり返したい。

ただこの怒りは未熟なもの。
反射的かつ衝動的な嫌悪で、粗くて精錬されていない。このまま外に出しても、遠吠えか暴力にしかならないもので、それこそ思うつぼなのだ。
怒りは一度解体されなければならない。その源泉を、正当性を、向ける矛先を、腑分けしてよく見つめなければならない。そうして別の姿へ再統合された怒りこそが、本当の力をもつ。それが創造であるにせよ、破壊であるにせよ。

だから今、わたしの手元に『ファッツァー』があることは幸いだ。
作品の冒頭、無人の戦場に一本だけ残る半分になった木のそばで、ファッツァーはこう語る。
「俺はもう戦争なんかしない。
ここに来て、良かった。
俺は、この世界で三分間じっくり考えることの出来る場所にいる」。

わたしにとっては芸術が、その「半分になった木」なのだろう。わたしは『ファッツァー』と向き合いながら、自分の怒りについて考えることができる。
ブレヒトは劇中でああしろ、こうしろとは言わない。とにかく「状況」を見せるだけだ。「それでお前はどうなんだ?」とも問いかけない。問われたように思うなら、それは観客自身の内から湧き上がったものだ。

しかし、あまり悠長にもしていられない。じっさい、残された時間は「三分間」しかない。「あそこに木がまだ半分残っているが、」いくさの火が迫ってくれば「あれだって、なくなってしまわなければならない(なくなってしまうにちがいない)」。
だから「何もかもなくなって」しまうまえに、わたしはわたしの抵抗のすべを決断しなくてはならない。地中に深く潜り込むすべを。


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# by futu-is-best | 2015-02-11 19:48

ブレヒト~!

清流劇場、「FATZER」!
ほんまに、ええ加減して!ブレヒトさんよおおお!ってな感じです。
なんやねん!この多重感あふれる、世界は!
なんやわからん!
そう、なんやわからんのである。
が、それは逆に言うと、どうとでもわかれる!という事でもあるのだ。

どう、わかるのか!ということは、
君は何をどうわかってるのか、わからないのか?という事なのである。

何を、どう考えるのかをみんなで出し合って、
稽古は進んでいます。

今回も、戦いのような現場です。
おもしろいでのです。

お~い。ブレヒト~!ってな感じです。

頭痛めて、みんなで考えてます。
こういう作業が、おもしろい!

私は、FATZERの役をします。
男の人です。
でも、そんなことは問題じゃないのです。
私がやらねばならないのは、
なにか、物事の根底にある初期エネルギーみたいな何ものかなのだと思っています。

できるか?
やるのだ。
私なりに。

3月6日~8日 伊丹AI-HALLです。
是非!
http://seiryu-theater.jp/



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# by futu-is-best | 2015-02-05 01:30 | 日記

ひとり語り公演情報、更新!

2015年のひとり語りの予定は、ゴンゴン進んでます。
笠原Pとの、今年の企みも、ゴソゴソ進んでます。
順次、発表していきますね!

ひとり語りの公演情報を見られるページがありますので、ぜひチェックしてくださいませ。
あたらしい情報が公開されております!
百景社アトリエ祭に続き、
2月22日(日)は岸和田の割烹うおりさんでの、お料理とお酒とひとり語りの会も4回目!
今回は、待ってました、向田邦子さんです。
「かわうそ」「だらだら坂」の二作品。
間違いなしのエンターテイメントです!
ご予約受け付けております!



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# by futu-is-best | 2015-01-23 09:46 | ひとり語り

次は「FATZER」!清流劇場、ブレヒト作品!

清流劇場「IPHIGENIE」の映像がアップされたというところですが、

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もう、次の公演の稽古は煮詰まっています。
次は、ブレヒト「FATZER」ですわ。
チラシが今日あがってきましたよ。

今回も、参加させていただいてます。

ブレヒトが書き残した、500枚近い断片のメモ。
未完成の戯曲。
どうつなぎ合わせるのかは、やる人次第。

だからこそ、永遠の戯曲になりうるのだが、
つまり、それは、難解ということなのだ。

わからん!
が、わからん!ことを考えていくのが、おもしろい!

私は、結局、演劇でこういうことを考えたかったのだろうなあ。
と、思ったりする。

ま、実際はなんでもいい、どうでもいい。
何か、感応するものがあって、この作品は今選ばれているのだから、
やるのだ。ただ、やる。
それに意味があるのかもしれないでしょ!

稽古終わりの頭の中は、いつも忙しい。
それが、快感!

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# by futu-is-best | 2015-01-15 01:36 | 公演情報